「徹子の部屋」で家族や幼少期について語っていた 山崎育三郎(やまざき・いくさぶろう)さんについてです。
ミュージカル俳優として活躍されてる山崎さんは本当にかっこよくて、オーラがありますよね。
番組内で登場した高校時代の話から、山崎さんの学生時代の様子、どんな環境で育ったのか気になる方も多いのではないでしょうか。
ということで今回は山崎育三郎さんの経歴と留学、高校、大学、ヤングケアラーだった学生時代について調べてみました。
もし山崎さんの学生時代など詳しいことが気になる方はぜひ最後までご覧ください。
山崎育三郎の経歴
1968年1月18日に生まれ現在38歳。
1997年に全国童謡コンクールで審査員特別賞を受賞。
アルゴミュージカル『フラワー』のオーディションで3000人の中から主役に抜擢されテレビや舞台で活動を始めた。
21歳で『レ・ミゼラブル』のマリウス役に選ばれ、初主演映画『夏休みのような1か月』も公開された。
24歳の時『モーツァルト!』の演技で第36回菊田一夫演劇賞・演劇賞を受賞。
26歳で『ミス・サイゴン』のクリス役、29歳で『エリザベート』のルイジ・ルキーニ役を務める。
その後はテレビドラマ『下町ロケット』、『エール』、『ハイエナ』など数々のドラマに出演している。
山崎育三郎の高校
山崎さんは東邦音楽大学附属東邦高等学校を卒業しています。
山崎さんは幼少期からミュージカルで活躍していましたが、声変わりによってオーディションに受からず絶望していました。
ミュージカル俳優を目指すためにクラシックを学び、声楽の基礎を身に着けたいということで音楽高校に進学しました。
中3の夏から受験に必要なピアノを猛特訓し、見事受験に合格しました。
音楽高校は音大進学を目標に効率的な教育が受けられるので、音大を目指す人にとって最適な環境ですよね。
残念ながら山崎さんが通った東邦音楽大学附属東邦高等学校の文京キャンパスは無くなることが決定し、学園全体が川越に統合されるようです。
声変わりで結果が出ないときに、さらなる成長のため音高を目指したのは凄いと思います。
山崎育三郎の留学
山崎さんは高校2年生の時、留学経験のある兄の影響を受けて1年間アメリカへ留学し、ミズーリ州のノースカントリー・ハイスクールに通っていました。
アジア人が見当たらない学校で初日からいじめられ、トイレに隠れるほど大変な留学生活がスタートしました。
ある時ダンスパーティーで500人の前で思い切って踊った後、周りから認められるようになり、以来「怖いところにしか、成長はない」というモットーを持って今まで歩んできたそうです。
留学を経験すると強くなって帰ってくるというのはよくある話ですが、本当にそうみたいですね。
私自身も海外留学の経験があり、精神的に強くなった自覚があります。
というのも海外では毎年一人でビザを取りに行ったり、病院に行っても別の申請を出さないと保険が適用されない、親の助けを受けられないなど日本では当たり前だったことが当たり前でない体験をします。
いじめられることはなかったものの、外国人という立場で現地の学生と距離感を感じ、自分が覚えている単語しか話せないので、ダジャレなどの笑いが分からない、自由に雑談ができないなど、クラスメイトとうまく馴染めないことも多くありました。
山崎さんはいじめも体験しているのでより大変だったと思いますが、そんな中で勇気をもって行動したことはものすごい自信になったのだと思います。
山崎育三郎のヤングケアラー時代
山崎さんの留学中に両親が離婚し、一番上の兄はアメリカの大学、二番目の兄はニュージーランド、弟は香川の学校、父は北海道に転勤するという家族バラバラな状況の中、アメリカから帰国したようです。
父方の祖父母と共に暮らすようになった山崎さんですが、祖父母はどちらも脳梗塞の後遺症でおばあちゃんは右半身不随で車いす生活、おじいちゃんはうまく話せず認知症だったため山崎さんが一人で介護をするようになりました。
高校に通いながら頑張って作ったご飯を投げられるなど、つらいヤングケアラー生活を送っていたようです。
山崎さんの母も離婚前、一人で父方の祖父母の介護をしており精神的にも肉体的にも限界だったようで、それほど大変な介護役を当時まだ高校生だった育三郎さんが引き継ぎました。
ひたすらミュージカル俳優の夢を追い続け、辛いときはミュージカルを観て元気をもらい乗り越えていったようです。
ミュージカルは団体で歌って踊るシーンでの絶対的な明るいパワーと、家族・愛・夢・希望などの強いメッセージが込められているストーリー、登場人物の心情をよく表す歌など、本当に観客を元気にしたいという思いが感じられる作品が多いですよね。
ミュージカルは辛い状況の山崎さんを支えてくれた大切な存在になりました。
留学だけでも沢山の苦労を経験した山崎さんですが、ヤングケアラーの経験もしていたことは驚きました。
つらい経験は今の山崎さんの演技力の高さ、観客の心を動かす力となっているようです。
山崎育三郎の大学
高校卒業後、東京音楽大学声楽演奏家コースに進学しました。
しかし、『レ・ミゼラブル』のマリウス役に選ばれたため、大学を2年生の秋で中退しています。
苦労の高校時代を経て、世界3大ミュージカルのひとつである『レ・ミゼラブル』で念願のミュージカル俳優としてデビューすることができて本当に良かったです。
高校・大学とクラシックの声楽を身に着けたことで歌に対する基礎があり、辛い経験から深い演技力と気持ちを表現する力をつけて有名ミュージカル俳優としてここまで歩んできた姿は素晴らしいです。
苦難を乗り越えて夢を手にするという山崎育三郎さんの人生が、ミュージカルのストーリーのようですね。
まとめ
今回は「徹子の部屋」に出演していたミュージカル俳優 山崎育三郎さんの経歴、高校、留学、ヤングケアラー時代、大学について調べてみました。
山崎さんは『レ・ミゼラブル』でデビュー後、『モーツァルト!』など数々のミュージカル作品に出演し、現在はテレビドラマでも多く活躍しています。
高校は東邦音楽大学附属東邦高等学校を卒業。
高校在学中にアメリカに留学し、帰国後は高校生活を送りながら祖父母の介護をするという壮絶なヤングケアラー時代がありました。
大学は東京音楽大学の声楽演奏家コースに進学しましたが2年生の秋で退学。
『レ・ミゼラブル』を皮切りに現在もミュージカル俳優としての道を歩んでいます。
山崎さんのどんな状況でも夢を諦めない姿が素晴らしいですね。
これからもミュージカルやドラマでますます活躍されることを願っています!
コメント