フェンシング 加納虹輝の出身地や学歴を調査。高学歴で頭いい!?

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東京五輪エペ団体戦でフェンシング競技では日本初となる金メダルを獲得。
今回のパリ五輪エペ団体 銀メダル、そしてエペ個人では日本初の個人戦での金メダルを勝ち取り、一躍有名になったフェンシング選手 加納虹輝(かのう・こうき)さんについてです。

パリ五輪決勝では身長173センチの加納選手に対して、196センチのフランス選手 ヤニク・ボレルさんと戦い、金メダルを手にする瞬間に凄い!と思った方も多いのではないでしょうか。

オリンピックのたびに大きな感動を与えてくれる加納選手の出身地学歴は気になるところですよね。

ということで今回は加納選手の出身地中学校から大学までの学歴について調べてみました。

もし加納選手の出身地など詳しいことが気になる方はぜひ最後までご覧ください。

加納選手の出身地

ウィキペディアによると加納選手は、愛知県北部に位置するあま市出身だそうです。

あま市は名古屋市中心部から約15分の便利な立地で、名古屋のベッドタウンとしても有名です。

あま市は歴史と伝統文化が残る街です。蜂須賀小六正勝や福島正則など、戦国時代に活躍した武将を数多く輩出しています。また、国の重要文化財5件を含む寺宝が伝わる甚目寺観音や、国内唯一の漬物の神を祀る萱津神社など古くからの社寺が多く現存しています。

引用:https://www.seikatsu-guide.com/info/23/23237/2/

あま市は歴史を感じられ、都市部に近いものの田園風景が楽しめ、緑豊かな場所のようですね。

この地で育った加納選手は4歳の時から体操を習っており、小学校6年生の時にフェンシング選手の太田雄貴さんが北京オリンピックで銀メダルを取るところを見て、面白そうだと思いフェンシングを始めました。
(LIBRA2022年5月号 インタビューより)

家から車で1時間ほどの名古屋市内のフェンシングクラブに通い始め、フェンシング人生をスタートさせました。

フェンシングクラブはあまり街中で見かけないのですが、探してみれば意外とあるのかもしれないですね。

加納選手の学歴

加納選手は小学校卒業後、地元のあま市立美和中学校に進学。

フェンシング教室にも通い続け、中学生の時から本気でフェンシングをやりたいと思っていたそうです。

しかし、クラブの練習は週に1回しかなく練習量も多くなかったことから全国大会に出ても1回戦で負けていました。

フェンシングの才能があると言われたことはないそうですが、とても頑張る性格を認められ、山口県岩国工業高校フェンシング部の指導をしている本間邦彦先生をクラブの先生から紹介してもらったそうです。

高校生から地元から離れた岩国工業高校に進学を決めたことは凄いことだと思います。

それだけフェンシングを本格的にやりたいという思いが強かったのですね。

大学は指導を受けていた本間先生と同じ、早稲田大学スポーツ科学部に入学。

マナビジョンによると、早稲田大学 スポーツ科学部の偏差値はなんと67~74!!
この偏差値は阪大に並ぶほど。

加納選手はフェンシングだけでなく、頭も良いんですね!

大学生の時からメキメキとフェンシングの実力を発揮し、ワールドカップでは個人、団体で優勝を重ね、2018年のアジア大会で個人3位と団体優勝。

2019年ワールドカップカナダ大会で優勝し、東京オリンピックの代表選手に選ばれました。

本間先生のもとで地道な努力を続けてオリンピックメダリストに輝き、早稲田大学でスポーツも勉強も頑張った姿は本当に尊敬できますね。

まとめ

今回はフェンシング選手 加納虹輝さんについて調べてみました。

加納選手は愛知県あま市出身で、地元のあま市立美和中学校を卒業後、フェンシングを本格的にやりたいという思いからフェンシング部のある山口県の岩国工業高等学校に進学。

大学は本間先生の出身である、早稲田大学スポーツ科学部に入学しました。

このことから加納選手はスポーツもできて頭も良く、文武両道なことが分かりました。

今ではすっかり有名になったフェンシング。
パリオリンピックでは男子はもちろん、フェンシング女子も団体で銅メダルを獲得するなど、フェンシング競技は多くの感動を与えてくれました。

加納選手が金メダルを勝ち取り、コーチと抱き合って喜ぶ姿はとても心が熱くなりました。

これからも加納選手のさらなる活躍を期待しています!

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